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強制的に、それも良いかも知れません。

 投稿者:管理人  投稿日:2009年 4月14日(火)06時01分37秒
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  止める切っ掛けと言うのは、突然来る事も有ります、「これ!」と言う方法が有れば、悩む必要も無い訳ですが・・・・、元組み手と言うのが説得力を持つ事も有ります、真光で嵌ってしまう方の傾向として「拘りが無い」「責任感が強すぎる」「何かを極める為に努力出来ない」など始めは、普通の方の様なのですが、何か問題を抱えると、解決しようと気持ちが有りながら「自分が悪いから」こうなる、とか「自分さえ我慢すれば」問題が解決する。

そんな事を考えてしまう気の良い方は「霊」の所為や「御神業」を積まなければダメなんだと「考える事を止めて」しまっています。
真光の教えの中に「霊主心従体属」と言う事が有ります。
何事も霊の考え方を優先し、心が霊に因って動かされ、体で表すと言う考えです。

憑依した霊でも、先祖霊でも、心では「こうしよう」「あーしよう」と思いながら、幹部には「ご先祖様が苦しんでいるから、御奉納をしましょう」「ご奉仕をしましょう」と問題を抱えている苦しみとは関係のない「霊」を基準にさせて、我欲を捨てさせてコントロールし易い様に、導かれてしまいます。

道場に行くのは、その霊や、神様に詫びを入れに行く訳です。
形ばかりでも「ご奉仕」「御神業」をするしか無い環境に、自分を持って行くのですから、気持ちの中に、既にすがりついている真光の怪しい神様を味方につけて「何が何でもやり抜かなければ、霊も自分も救われない」と、思い込もうとするのだと、経験から分かります。 普通の生活さえ、否定して行く訳です。

道場中心の生活が「霊的」な生活ではない訳で、その辺が、落とし所だと思います。
真光は「生活に根ざした宗教」だと言いますが、道場を中心にして「生活」と言えるとは思いませんし、現に「家事」を放棄し、温かい筈の家庭を守る事も出来ずに、てんでバラバラな家族が「御神業が足りない」「御奉納が少ない」・・・・道場に通い続け一家離散の憂き目に有っても「みそぎだ」と刷り込まれるのです。

こういう矛盾を、矛盾だと思う瞬間。 それが来れば、全てが終わる時なのです。

組み手で無い同僚を助けたいですさんなら、矛盾を理解している、しかし、信じてしまうと矛盾と捉える事も出来ないのです。
俺の場合、確信を持って止めましたので、止める切っ掛けを、脚色なしで話、後は、熱心に説き伏せた話です。
入信させてしまった、という負い目が、プラスになったのでしょう。

営業の話で「断られた時から仕事が始まる」と良く聞きます、正にその瞬間を、同僚を助けたいですさんが見極め1対1で熱心に説得すれば、道は開けると思って下さい。

同僚を助けたいですさんが落ち込んだり、元気が無いと「真光に入れば良いのに」と逆に思われてしまいます。
ここに熱心に書き込む様に、強制的な説得が必要な時期に来ているかもしれません。
気取らず、飾らず、ありのままでぶつかって行きませんか? 求めよさらば、与えられん! です。

信仰心は、宗教団体に入らなくても持てます、信仰は、自分自身の心を高めて行く事だと思います、真光はそうは言いません、道場で散々「世紀末だ」「酷い事に成る」等と脅かして通う事を促すのも、自動集金機の道場の為なのですから。
 
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