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昭和の女優・美女ベスト10
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2008年 5月20日(火)11時29分12秒
編集済
最近のTV番組で滅多に民放の番組を見ることがない。いい場面、いいシーンになると、その直前にやたらにCMが入るからである。民放では当然なこととは云え、煩わしい限り。だがドラマや映画の放送になるとCMタイムは、トイレタイムでいいと言う人もいる。幸か不幸か、トイレ事情は近く無いので出来るだけ一気に番組はみたいもの。私の友人には変わった?人も居て、読書人ゆえTVなど見るな!とのご託宣もある。
お気に入りの番組は今は、BS放送の「黒澤明」の映画、教育TVの「美の壷」、NHK時代劇。民放では「テレビ東京」の時代劇である。どこの放送局も今は地上デジタルで画像が鮮明、録画も申し分無い。夜9時台のニュースなど音声を低くしていても殺人事件など見たくもない、聞きたくもない報道の時に、他局へチャンネルを切り替えることもある。先日5月7日、偶然TBSの21時台にバラエティ番組なのか「大御所ジャパン」なる番組の中途から民放を見る羽目になった。それが「昭和の美男・美女映画俳優ベストテン」だった。だから前半なのか、美男の俳優のベストテンは解らない。美女のベストテンは名前を控えた。
選定の基準は番組独自なのだろう。俳優の「中尾彬」はさすがに永いキャリアで上位3人を言い当てた。
1 山本富士子 伝説的美女。第1回ミス日本。鼻筋が際立った記憶。作曲家と結婚。
2 吉永小百合 説明不要。同世代の男性で嫌いな人は居ない?
3 原 節子 昭和35年引退。小津安二郎のモノクロ映画に多く出演。大正9年生。
4 岸 恵子 鶴田浩二と恋に落ちる。昭和30年代の映画5社協定で破局。
5 夏目 雅子 「舐めたらあかんぜよ」で超有名。昭和60年、27歳で亡くなる。
6 司 葉子 自民党政治家と結婚。小林桂樹との軽妙なやりとりに記憶にある。
7 浅丘ルリ子 元石坂浩二夫人。マイトガイ小林旭と結婚すると思った人が多い。
8 八千草 薫 元宝塚女優。終生清純派のイメージ。私生活はよく解らない。
9 若尾 文子 一度離婚。建築家・黒川紀章とのおしどり夫婦具合が記憶に残る。
10 高峰三枝子 戦前から高貴なイメージがある。晩年は大きなバストのCMで有名。
の順である。おおよそ公平で妥当な順序なのだろう。客観的な映画の実績、話題性、キャリアを加味すれば順当なのかも知れない。だが男は女優を、女は男優を、演技力とか実力に関係なく異性の眼でベストテンを選んで、おかしくないし自由とも言える。
以下は私の好みで好きになった順番を基準に選んでみたい。
◇高峰 秀子 大正13年生。年齢が昭和の年数とほぼ同じ。映画監督松山善三夫人。
小学生のときに学校行事で観た「二十四の瞳」は今も記憶鮮明。
◇十朱 幸代 昭和17年生。TV番組が始まった頃の清純派女優。
昭和34年「惜春鳥」で映画デビュー。木下恵介監督作品が多かった。歌手小坂一也と結婚・離婚。
◇岩下 志麻 昭和16年生。この女優も俳優二世。映画監督・篠田正浩夫人。
昭和30年代、松竹は岩下・倍賞を積極的に売り出す。
◇倍賞智恵子 昭和16年生。「男はつらいよ」ではいい妹、女房役だった。私生活は恋多き女優。
昭和38年、築地本願寺で小津安二郎の葬儀のとき、見たことがある。
◇吉永小百合 昭和20年生。私もサユリスト。私生活はよく解らない。同世代の男性は無視できない。
大学入学資格検定試験を受けて早稲田大学入学。頭脳も優秀。
◇太地喜和子 昭和18年生。志村妙子なる東映お姫様女優出身。後に文学座看板女優。恋多き、酒豪で有名だった。
志村けんのファンでコントにも挑戦。昭和37年川崎東映の舞台で見たことがある。平成4年溺死。
◇松坂 慶子 昭和30年生。昭和54年の「配達されない三通の手紙」のオールヌードでファンとなる。
歌手小坂一也はこの女優とも暮らした。今は2人の女の子の母親。
◇赤座美代子 昭和19年生。藤田敏八監督と結婚。妖艶で崩れた悪女役は絶品。
昭和43年『牡丹燈籠』のヒロイン役に抜擢され、注目を集める。俳優座出身。
◇宮本 信子 昭和20年生。ご存じ伊丹十三という希有なる映画監督の夫人。伊丹作品で主演が多く実力派となる。
色白で健康な感じ。監督は平成9年自殺。
◇壇 ふみ 昭和29年生。47年、東映のやくざ映画でデビュー。NHK「連想ゲーム」で頭脳優秀さが有名となる。
毎週「新日曜美術館」を見ている。和服姿は女優ナンバーワンだと思う。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
『母べえ』の時代
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2008年 4月 3日(木)13時42分50秒
「余韻」のなでしこさんへの反論の思いが新ページ作成となった。詳しくは本論をご笑覧下さい。その部分を抽出しておきます。
映画はいずれテレビ朝日系列で放映もされるし、アンコール上映をしている映画館もある。これ以上映画の内容を紹介しても仕方がない。私の女性の友人は、戦後の大人になった初べえと照べえに見守られ、特殊メイクをして老け役を演じた吉永小百合の「母べえ」が息絶えるシーンにいたく憤慨しておられる。つまり映画でも短歌でも鑑賞者の余韻にまかせるべきだと言うのである。とくに姉役の特別出演の倍賞智恵子がお気に召さなかったらしい。むろん倍賞智恵子という女優の存在ではなく「母べえ」の最後のシーンは不要だと言うのである。そう言えば事実、昭和20年生まれの吉永小百合は62歳であって40歳前後を演じて決して違和感がなかったのが不思議なくらいである。つまり特殊メイクをしても普通なら皺だらけの老婆の臨終は無理そのものであった。
私は「父べえ」の教え子の「山ちゃん」が招集され、戦場に赴く前に海没するシーンが特に不要だと思った。とにかく項を改めるが、250万人の日本人軍人の死因は、戦闘行為の死ではなく餓死・海没が70パーセントを超えるのである。
私はこの映画でさすが山田洋次監督だなと思う次の二点を強調しておきたい。
その1点目は、隣組の何世帯かが集まって宮城遥拝をするシーンである。つまりどちらの方向に天皇夫妻が居るかで揉める隣組の集会のシーンは、この時代の日常を象徴していて私にはもっともエスプリ(才気)溢れる場面と思う。この「隣組」の存在こそが私は、先の大戦の元凶だと思う。昭和15年9月、この内務省から通達された「部落会・町内会・隣保班・市町村常会整備要綱」なる訓令である。これが全国に網羅され勤労奉仕や防空演習、食料・生活必需品の配給、金属回収までもが上意下達されたのである。これは「国家総動員法」で述べる。
2点目は、大人になりかけている姉の「初べえ」に嫌われる母の叔父の仙吉(笑福亭鶴瓶)の言葉である。当時「鬼畜英米」の思想に反対することは非国民だった。因みに当初はアメリカではなく中国上海の「イギリス租界」から始まる反英運動が中心だったのである。世相に阿ることのない「母べえ」の叔父は二人の娘の前で、おならをブウブウする、初べえの胸が大きくなったなどと言うデリカシーのない人だった。ところが奈良へ帰るこの叔父が自分が嵌めていた金の指輪を汽車の発車前に母べえに渡し「この指輪は決して供出してはあかん、闇で売るんやで」という。このシーンに私はもっともこの映画のエッセンスがあると思う。世の中の思惑など気にしない、ホンネで生きるこの叔父の振る舞いは、笑福亭鶴瓶の好演もあって断然光るシーンであったと思う。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
余韻
投稿者:
なでしこ
投稿日:2008年 2月 2日(土)21時19分42秒
そんなだから巨兄さまはダメなの!吉永小百合は素敵。倍賞智恵子もいい。左時江だっていいのはわかっているの。
だけど「母べぇ」のラストシーンがダメ。あれがなきゃ余韻に浸って帰途につくことができたのに・・・・
夫が獄中死、幼子二人を抱えてどう生きたのだろう。母べぇは?娘は・・?と思案するまもなく母べぇは長生きしました。長女は医者になりました。次女は高校の美術教師になりました。娘二人は伴侶に恵まれて孫もいい子です。長女が勤務する病院の個室!で家族に看取られて安らかに息を引き取りました。最後の言葉は「生きている父べぇ」に会いたい!!でした、チャンチャン!
平和すぎ。善人てんこもりの映画だった。だからといってつまらなくはないのだけどね。
ただこのラストシーンで全部言ってしまわないで観客個々に空想させて欲しかったと思うの。原作読んだ?貸してあげようか?竹内浩三も!
短歌も同じ。
僕は父を病気でなくしました。母は苦労して僕を育ててくれました。晩年の母は幸せでした。僕はとても親孝行をしました。まで詠んでしまうからダメなのよ!
途中で切りあげること=余韻よ!
『母べえ』を観る
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2008年 1月31日(木)21時59分25秒
画像掲示板、有料手続きが遅れ画像が現在入りません。少々お待ち下さい。
吉永小百合主演・山田洋次監督の『母べえ』を観てきた。
さすが山田作品である、木曜日の13時30分開始にも関わらず、最前部付近を除けばほぼ満員だった。大半が時代設定の昭和15年当時、娘時代だったご婦人の観客だった。この映画は反戦映画では決してない。「父べえ」の父親が逮捕されたあと、必死に子を育てる母を中心にした一家族の物語である。内容、ストーリー共に申し分のない映画だった。
「『母べえ』の時代」なる題名で頁が興せそうな感じが今している。
私の女性の友人は、最後に特別出演の「倍賞智恵子」に違和感があるとか、のたまわっておられる。これは山田組を知らない若い方の言い分であろう。10数年以前の「男はつらいよ」シリーズからの常連の笹野高志・神戸浩・大滝秀治・倍賞智恵子は安心して観ることができる。私の20代、昭和40年代の渥美清の傑作「泣いてたまるか」の頃から知る「左時枝」健在は嬉しい限りだ。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
椿三十郎・続三丁目の夕日
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2008年 1月 3日(木)18時43分47秒
大晦日に「おせち料理」や「年越蕎麦」、靴などを買いがてら映画を観た。「平塚シネプレックス」と言い「オリンピック」という巨大スーパーの中に映画館が何軒もある。無論大駐車場が完備されている。60歳を過ぎると1000円で封切映画が見られる。一昨年の『武士の一分』以来、話題作は観ることにした。ウィークディは「毎日が日曜日」の年代のばかりの人で空いている。今回は『椿三十郎』、旧臘初旬は『ALWEYS・続三丁目の夕日』を観た。
『椿三十郎』のオリジナル版は昭和37年正月の封切で、主演は言わずもがな黒沢明・三船敏郎のコンビだった。結論から言えば、やはり世界の三船の貫禄には到底及ばないということである。織田裕二なる俳優は知ってはいたが、半ば人生をふて腐れ、剣が滅法強い浪人などは「三船敏郎」を上回る俳優など居ないということである。良い点は椿の赤・白がはっきり判るカラーであることぐらい。当時は映画も写真もモノクロが主流だった。仲代達矢が演じた「室戸半兵衛」役の豊川悦史の方が、椿三十郎役の織田裕二よりサマになっていると思った。間抜けのように見える城代家老役の藤田まこともオリジナル版の「伊藤雄之助」には遠く及ばない。
オリジナル版封切の昭和37年は私は17歳、封切映画など料金が高くて見られる筈もなく今では説明が必要な3番館で観た記憶がある。昭和37年は、マリリンモンローが36歳で亡くなった年、先頃亡くなった植木等が大ブレーク、三河島事故という鉄道事故で百人以上の方々が亡くなった年である。私は印刷会社の住込工員だった。その翌年の昭和38年3月封切の『天国と地獄』で私は黒沢明にはまった。天国と地獄は都合十数回、映画館で観ている。
『ALWEYS・続三丁目の夕日』の原作はマンガ雑誌の連載だという。漫画は今は縁がなく私はよく知らなかった。こちらは昭和34年、東京タワーが完成する頃の年代に設定されている。高速道路が架設されていない日本橋はどうやって撮影したのか、オート三輪や古い国産車はどう集めたのか、興味のあるところである。ストーリーは前作同様他愛ない市井の日常である。ストーリーより時代・舞台設定が面白く興味深くよく出来ている。「薬師丸ひろ子」が懐しく「もたいまさこ」が良い味を出している。
昭和34年は、私は上京後3年目、中学3年生のときである。現天皇の結婚式があり、ミッチーブーム到来、『黒い花びら』という初回のレコード大賞、伊勢湾台風、相撲の栃錦・若乃花の全盛時代、歌謡曲は三橋美智也の『古城』ペギー葉山の『南国土佐を後にして』だった。今「昭和30年代」がブームだそうである。その漫画の影響もあるのか、昭和をテーマにした街並み・グッズは東京都青梅市・九州の豊後高田市が有名である。昭和がブームならば昭和10年代のあの「先の大戦」にも思いを馳せてもらいたいのは私だけか。1月26日に封切られる山田洋次監督・吉永小百合の『母べえ』が、サユリストの私には楽しみである。時代は昭和15年の話、背景に無論、反戦思想がある。
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投稿御礼 and 感想
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2007年11月 4日(日)09時54分22秒
編集済
どこのどなたか判りませんが、二度のご投稿を読ませていただきました。
「沖縄戦の集団自決を巡る高校日本史の教科書検定問題」については事実を教科書であえて触れないのはおかしいですね。沖縄の数十万人の戦死者はあきらかに軍の強要があっての惨劇でこれは事実です。「くさいものにはフタ」の国民性はいけないと思います。
私に言わせれば高等学校の社会科の教育に「日本史」が選択科目という事実のほうが「教科書問題」よりよほど問題だと思います。近代史の中で何であんな戦争を国民が支持したのか、何であんなに軍人をのさばらせたのか、何で新聞社は戦争を煽ったのか、きちんと教えないから長閑な平和論が跋扈するのです。
「日本は天皇夫妻に象徴される公務員と財界の支配体制」と言う捉え方は、これはあきらかに雑駁な捉え方で、ステレオタイプの平和論・国家論です。これを支配体制というなら2年前、自民党に300議席を与えた日本国民の民意が問われるべきです。戦前の軍部支配も当初は国民の圧倒的な支持からでした。また国家存立がある面ではあきらかに軍事力にあるのは古今東西の常識です。したがって経済も軍事もアメリカの51番目の州かのごとく属国であるといっても過言ではないかも知れませんね。
軍事力を全く否定して話し合い・外交のみで平和は保たれるという考えは、今では「土井たか子」さんぐらいでしょうか。どこの国でも軍需産業によって大量の人が生活を確保している現実があります。人間は個々の地域や歴史のなかでしか生きられないと思います。近い将来、この地球上はキリスト教とイスラム教の戦いになるでしょう。その頃は私など「黄泉の国」から観戦です。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
「国民栄誉賞」
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2007年 5月30日(水)22時38分25秒
編集済
国民栄誉賞と言う賞がある。平成12年シドニーオリンピック女子マラソンの高橋尚子以来、最近の受賞者はいない。本年平成19年3月27日、「昭和のエンターティナー」とも称すべきコメディアンの「植木等」が80歳で亡くなり、スポーツ新聞などは「内閣は授与検討へ」などという観測記事を流したが、安倍晋三内閣にそんな気はないらしい。映画の「無責任男」では駄目なのだろうか。
この賞は、内閣総理大臣表彰のひとつだが、その趣旨は「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった者に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」というもので、昭和52年福田赳夫内閣によって創設された。しかしその選考基準は、明確で透明性のあるものではない。この賞が開設されたのは、第一号受賞者であるプロ野球選手・王貞治が在日外国人であったこと、制定当時に37歳という年齢が、当時標準的な叙勲者の年齢(叙勲は70歳から候補になるのが通例)を大きく下回るほど若かったというのが理由であるらしい。しかし創設当初から「支持率低迷に悩む、時の内閣の人気取りの道具ではないか」との批判もあり、没後授与者が多いことに「なぜ生きているうちに授与しないのか」との批判も後を絶たない。それはこの賞がそのときの世情に左右されるからで、ある意味で仕方がない。長谷川町子が授賞されているのに、漫画文化のパイオニア的存在である手塚治虫に贈られていないこと。シドニーオリンピックで金メダルを獲得した高橋尚子が授賞したのだから、柔道で2大会連続金メダルを獲得した谷亮子、同競技で3大会連続で金メダルを獲得した野村忠宏らも授賞されるべきではないかなどの議論があった。だが、国民栄誉賞授賞をけしかけているのは、批判している当のマスコミという説もある。今回の「植木等」はまさにその例で、いわゆるマッチポンプに相応しいと言えるかも知れない。
平成13年10月、小泉内閣はメジャーリーグで首位打者となったことからイチローに授与を打診。鈴木は「国民栄誉賞をいただくことは光栄だが、まだ現役なのでモチベーションを考えて、もし賞をいただけるのなら現役を引退した時にいただきたい」と固辞した。翌年のメジャーリーグのシーズン安打記録を更新したことから再び国民栄誉賞が検討されたが、再度固辞した。
私にはこのイチローの辞退から内閣は、もう面倒だと考えたのではないかと思う。「総理大臣が挙げるというのに要らない」では、内閣も面子まるつぶれである。おそらくよほどのことが無い限り内閣はもう「国民栄誉賞」は検討しないだろうし、半ば過去の遺物とさえ考えているに違いない。第一小泉内閣・安倍内閣は世論の支持率で成立しているから人気取りは要らないはずである。
そうであればここから先は私の言い分である。私には大いに疑問符のつく受賞者も居ると思うのだが、その名は判る人は判るだろう。それはあるスポーツ選手である。但し高橋尚子ではない。この人の金メダルは価値がある。最近では「前人未到の記録を達成した者」などという内閣の受賞基準を正直に加味して、授賞して当然だった有名人を私なりに挙げておくことにする。今からでも遅くはない、過去の物故者に贈与してもその業績・記録をケチをつける人は居まい。戦後の「昭和」をもう少し考慮に入れてもいいのではないか。
◇石原裕次郎(俳 優)映画を超えた戦後日本のヒーローは揺るぎない。
◇古関 裕而(作曲家)「六甲おろし」「長崎の鐘」など多数の名曲がある。
◇三橋美智也(歌 手)レコード1億枚の売上。この記録は破られていない。
◇三船 敏郎(俳 優)クロサワ・ミフネは今でも世界に通用する。
◇野村 忠宏(柔 道)オリンピック柔道3大会連続金メダル。今も現役。
◇山田 洋次(監 督)永年の映画作品で国民に潤いを与えた。今も現役。
◆国民栄誉賞受賞者リスト
受賞者15人のうち9人は没後の受賞である。()内はその時の総理大臣。
01 王 貞治 昭和52.09(福田 赳夫)ホームラン新記録達成
02 古賀 政男 昭和53.08(福田 赳夫)「古賀メロディ」など作曲による業績
03 長谷川一夫 昭和59.04(中曽根康弘)映画演劇界への貢献
04 植村 直己 昭和59.04(中曽根康弘)世界五大陸最高峰登頂
05 山下 泰裕 昭和59.10(中曽根康弘)柔道における前人未踏の記録達成
06 衣笠 祥雄 昭和62.06(中曽根康弘)野球における前人未到出場記録の達成
07 美空ひばり 平成01.07(宇野 宗佑)
(加藤和枝)歌謡曲を通じて戦後社会に国民に夢と希望を与えた
08 千代の富士 平成01.09(海部 俊樹)
(秋本 貢)31回の優勝など相撲界の記録
09 藤山 一郎 平成04.05(宮澤 喜一)
(増永丈夫)戦前戦後、歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた
10 長谷川町子 平成04.07(宮澤 喜一)
家庭漫画を通じて戦後の我が国社会に潤いと安らぎを与えた
11 服部 良一 平成05.02(宮澤 喜一)
数多くの歌謡曲を作り国民に希望と潤いを与えた
12 渥美 清 平成08.09(橋本龍太郎)
(田所康雄)映画「男はつらいよ」で広く国民に喜びと潤いを与えた
13 吉田 正 平成10.07(橋本龍太郎)
作曲により戦後社会への国民に夢と希望と潤いを与えた
14 黒澤 明 平成10.10(小渕 恵三)
数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えた
15 高橋 尚子 平成12.10(森 喜朗)
シドニー五輪女子マラソンで陸上競技日本女子選手初の金メダル
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
日米開戦不可ナリ
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2007年 4月 2日(月)21時03分50秒
茶の湯をたしなむ「なでしこ」様、古代史に詳しい「望月」様、ご投稿ありがとうございます。茶の湯・古代史ともに大いに興味のあるところですが、私は現在「太平洋・大東亜戦争」という近代史に挑戦中であり、興味はあっても、幸か不幸かその素養がありませんので、今は十分にコメントできませんので御了承下さいませ。
ところでホームページなどというものの発達で、自分の主義・主張を展開していると思わぬ方からメールを頂くことがある。それがHPの良さであり、怖さでもあるが! 昨年はNHK放送の「昭和万葉集」(昭和54年)・「新電子立国」(平成7年)を見たいという依頼があった。依頼によりDVDに録画して送ったが、私のVTR録画趣味も思わぬところで役に立った次第である。
昨日は思わず飛び上がるような著名な方からメールを頂いた。先の太平洋・大東亜戦争などをHPで取り上げていること自体が古臭く、戦前はすべてが「軍国主義で暗黒の時代」であって考えるだけで疎ましいというような現実がある。しかし大戦時に「日米開戦不可ナリ」と北欧から懸命に電報を送り続けた陸軍武官がいた。小野寺信(まこと)陸軍少将である。この方は昭和62年まで存命で89歳で亡くなられた。この軍人の次女で大鷹節子氏は現在「日本チェコ友好協会」の会長で、大学講師もされ、兄弟も息子さんも外交官である。この方から直にメールを頂いたのである。以下はその文面。
『無明庵さま、「日米開戦に反対した人」を記載して頂きました小野寺信の娘・大鷹節子でございます。百万の味方を得たようで有難く拝読しています。「正論・昭和天皇と激動の時代」の拙文は編集長からお頼まれして書きましたが、ヤルタ協定に関する暗号電報について両親からよく聞いていましたので、何故握り潰されたかをどうしても追求するつもりでおります? 暗号電報は解読されて全部アメリカの資料館に残っているのですが、母によれば、重要事項の特別暗号を特に念を入れて組み立てたヤルタ協定電報は解読されていないので証拠がないのです。大鷹節子』というもの。
自分の多分に思い込みに過ぎず「私の戦争論」などというものを読んでくれる方は、そうは居ないと思っていたが、何とその小野寺信武官のご息女からのメールは、気の小さい私には天にも昇るような感激である。今「終戦はなぜ早められなかったか」についてたくさん?の資料を整理している私には、これこそ百万の味方である。娘さんと言っても私からは一回り上の世代だが、今もって情報を握り潰された理由を探求しておられるという。
私には先日読破した竹内修司『幻の終戦工作』文春新書、鳥居民『近衛文麿・黙して死す』草思社発行、半藤一利『聖断』PHP文庫などにそのヒントがあると思う。
情報将校の正確な情報に見向きもしなかったのは、一言で言えばエリート軍人の傲慢にほかならないが、やはり昭和20年初頭からの「本土決戦思想」を頑迷に信じた大本営・陸軍・メディアの存在が原因だろう。この頃の理性的軍人は小野寺武官をはじめ正に命懸けであったのは間違いないと私は思う。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
昭和16年12月8日
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2006年12月 8日(金)22時02分13秒
編集済
今から65年前、昭和16年(1941)12月8日は、大日本帝国海軍がハワイ真珠湾を攻撃して日米戦争が始まった日である。折しもNHKが昨年の今頃放送した『その時歴史が動いた・真珠湾への道─山本五十六、苦渋の決断』前後篇がアンコールされている。今だから言えるのかも知れないが、日米開戦絶対反対の軍人が何ゆえ、虎の尾を踏むような作戦を決行して、310万人もの戦死者を出す戦争に導いたのか。真実を知りたいという人も絶えないのだろう。リクエスト放送の要望が多いのが、私には意外とは思わない。
私のHPの『無明庵・私の戦争論』について、そんなページは止めたら!などという友人もいるが、私は意味の無いこととは決して思わない。誰しもが身内のしかも父親が戦死という事実により、一度しかない人生でその存在を実感したことがないのなら、過去のことと割り切って済ましておられようか。逆に聞いてみたい気がする。
先ごろ世間を騒がせた高校の「社会科」未履修問題は、戦後日本の、先の戦争には全て目を瞑る傾向を如実に象徴しているような気がする。「自国の歴史」の学習が選択科目などと言うのは、教育の荒廃以外なにものでもない。英語ペラペラの数学者の『国家の品格』なる書が200万部を超えるベストセラーになった事実は何を物語るのだろう。
私の購読する産経新聞は、最も保守的なメディアと言えるが、この新聞の「日米開戦特集」に寄稿する学者・評論家でさえ、真珠湾攻撃に始まる日米開戦を事実上、評価してはいない。この新聞は多分に意図的に「大東亜戦争」という呼称を用いているが、それすら保守的、非平和的と言うのなら、それも一つの意見だが、どちらかに限定するのもおかしなことと私は思う。平和を希求するあまり戦前の昭和のテロ・暗殺・クーデター・戦争にやみくもに避けようとするのは、それこそ平和という理論・現実を導き出すことにはならないと私は考える。ここでは「太平洋・大東亜戦争」がなぜ3年9ヶ月にも及んで国家を瀕死の目に遭わせたのか、疑問を呈するに止めたい。
日米開戦は山本五十六が悪い、東條英樹が悪い、近衛文麿が悪い、陸海軍軍人が悪い、ましてや昭和天皇が悪いなどと名指しするのは、近代史を真に知悉するとも思えない。尊皇攘夷のような精神性を強調して、物理的・科学的根拠を無視し「お国のため」と死を強要したのは大日本帝国軍人だけに留まらない。政治家・官僚・メディアにも相応の責任がある筈である。真実を知らされなかった国民だけは「無罪」というのも甘いような気がする。ハワイ真珠湾攻撃成功には、そのとき国民はこぞって欣喜雀躍したのが真相だと思う。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
NHK紅白歌合戦一視聴者批判
投稿者:
湘南の暇人
投稿日:2006年12月 1日(金)19時56分35秒
大晦日恒例のNHK紅白歌合戦の出場歌手が発表になった。
毎年美川憲一と小林幸子の時間しか見ないので出場歌手について、あれこれ言うことも無いのだが、生来の天邪鬼と30数年は視聴料を払い続けているので、幾ばくかは、何かイチャモンをつけても罰は当たらないだろう。
紅白どちらが勝つなどと言うのは誰もがどうでもいいいことで問題はないが、出場歌手に首を傾げざるを得ない人がいる。北島三郎が43回目、和田アキ子が30回目だそうだが、この二人は最近ヒット曲などないのに何故出場するのか、いい加減に本人から卒業という申し出はないのだろうか。藤あや子などと言う歌手は秋田美人だが、何という歌をうたって毎年出場できるのか、私には判らない。
和田アキ子は芸能界のゴッド姐ちゃんだから、だとしても北島三郎に至っては数年前ほとんど脱税に近い申告漏れで立件寸前までいった歌手である。「流し」という貧乏時代から苦労して人気歌手になって「大物歌手」になったのだから、いい加減に後進に道をゆずるべきだろう。大物歌手でNHKへの貢献度を言うなら、過去ヒット曲の多い島倉千代子・都はるみ・八代亜紀はなぜ選ばれないのか
私の見るところ、私の好みで言えば、過去ヒット曲があり、実力があり、NHKに貢献度があるというのなら男女数人しかいない。男性歌手なら前川清・細川たかし・堀内孝雄・氷川きよし、女性なら石川さゆり・坂本冬美・長山洋子・天童よしみといったところ。
男女共に横文字の歌手はさっぱり判らない。自分自身が十分に年をとった所為なのかもしれないが、もう「紅白歌合戦」とは大晦日夜、コタツの足を入れ、TVを見ているお年寄りの好みに限定すべきだろう。ハイビジョン画面で見れば、和田アキ子も北島三郎も皺だらけのオバサン・オジサンだ。
昭和40年代前半、私が20代前半のとき、はじめてソニーのテープレコーダーを買ったので、友人と一緒にレコーダーをTVの音声につなぎ、グループサウンズの「ブルーコメッツ」や「いしだあゆみ」「小川知子」を録音した記憶がある。昭和も遠くになりにけりである。紅白は演歌なら演歌だけ、若者向けならロックだけに限定したらどうなのか。
先日放送の30年ぶりの「吉田拓郎・かぐや姫の妻恋コンサート」は、団塊の世代向けなのだろうが、ファンでなくてもいい放送だったように思う。
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