|
|
茶の湯をたしなむ「なでしこ」様、古代史に詳しい「望月」様、ご投稿ありがとうございます。茶の湯・古代史ともに大いに興味のあるところですが、私は現在「太平洋・大東亜戦争」という近代史に挑戦中であり、興味はあっても、幸か不幸かその素養がありませんので、今は十分にコメントできませんので御了承下さいませ。
ところでホームページなどというものの発達で、自分の主義・主張を展開していると思わぬ方からメールを頂くことがある。それがHPの良さであり、怖さでもあるが! 昨年はNHK放送の「昭和万葉集」(昭和54年)・「新電子立国」(平成7年)を見たいという依頼があった。依頼によりDVDに録画して送ったが、私のVTR録画趣味も思わぬところで役に立った次第である。
昨日は思わず飛び上がるような著名な方からメールを頂いた。先の太平洋・大東亜戦争などをHPで取り上げていること自体が古臭く、戦前はすべてが「軍国主義で暗黒の時代」であって考えるだけで疎ましいというような現実がある。しかし大戦時に「日米開戦不可ナリ」と北欧から懸命に電報を送り続けた陸軍武官がいた。小野寺信(まこと)陸軍少将である。この方は昭和62年まで存命で89歳で亡くなられた。この軍人の次女で大鷹節子氏は現在「日本チェコ友好協会」の会長で、大学講師もされ、兄弟も息子さんも外交官である。この方から直にメールを頂いたのである。以下はその文面。
『無明庵さま、「日米開戦に反対した人」を記載して頂きました小野寺信の娘・大鷹節子でございます。百万の味方を得たようで有難く拝読しています。「正論・昭和天皇と激動の時代」の拙文は編集長からお頼まれして書きましたが、ヤルタ協定に関する暗号電報について両親からよく聞いていましたので、何故握り潰されたかをどうしても追求するつもりでおります? 暗号電報は解読されて全部アメリカの資料館に残っているのですが、母によれば、重要事項の特別暗号を特に念を入れて組み立てたヤルタ協定電報は解読されていないので証拠がないのです。大鷹節子』というもの。
自分の多分に思い込みに過ぎず「私の戦争論」などというものを読んでくれる方は、そうは居ないと思っていたが、何とその小野寺信武官のご息女からのメールは、気の小さい私には天にも昇るような感激である。今「終戦はなぜ早められなかったか」についてたくさん?の資料を整理している私には、これこそ百万の味方である。娘さんと言っても私からは一回り上の世代だが、今もって情報を握り潰された理由を探求しておられるという。
私には先日読破した竹内修司『幻の終戦工作』文春新書、鳥居民『近衛文麿・黙して死す』草思社発行、半藤一利『聖断』PHP文庫などにそのヒントがあると思う。
情報将校の正確な情報に見向きもしなかったのは、一言で言えばエリート軍人の傲慢にほかならないが、やはり昭和20年初頭からの「本土決戦思想」を頑迷に信じた大本営・陸軍・メディアの存在が原因だろう。この頃の理性的軍人は小野寺武官をはじめ正に命懸けであったのは間違いないと私は思う。
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/
|
|