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> No.60[元記事へ]
ぴちょんくんさんへのお返事です。
> 仏教は覚醒の教えである為酔わせるのも禁止と言うのは分ります。でも如何しても分らない所があります。「飲むな。」と強制されるよりも「飲まない」と自らを律する、と言うのも分ります。
上座部仏教では酒は禁止されていますが、ヘビースモーカーの長老なんかはいるらしいです。
戒律に喫煙を禁じる条項がないからです。
でも、それは釈尊の時代のインドにタバコがなかっただけです。
タバコと言うものは喫煙者に言わせると「もやもやがすっきりする」そうですが、じゃあ覚醒を促すのかと言うとそうではなく、あれも立派な中毒を引き起こしますので、ドラッグ以外の何ものでもないです。
第一健康に悪いし。
ちなみに、チベットの僧侶からは「脈管(tibツァ:気の通る道)が汚れるので吸ってはいけない」と言われました。
もし釈尊がまだご存命でしたら、きっと喫煙を禁止する戒律が制定されることと思います。
まあ、戒律ってそういうもんなんですよ。
新たな戒律が制定されることはまあないので、緩んでいくしかないんですよ、方向性としては。
屁理屈をこねて「ここまでいいだろう」と解釈しようと思えば、いかようにも解釈なされ得るんですね、それは例えば憲法なんかとも一緒ですが。
>分らない所は後期密教では儀式の最中に酒が回って来ると言うのはどういう事でしょうか?「甘露」と言う事は「お神酒」と解釈しても宜しいのでしょうか。ここで言われる「酒」は「酒」でも般若湯とすると智恵の象徴として儀式の最中に回って来るから「飲まない訳にはいかない。」のですか。それとも他に理由があるのですか。
密教で酒が飲まれる理由は、ズバリ「経典に書いてあるから」。
以下、勝手にカテゴライズしてみました。
1.お神酒と同じ(尊にささげてお下がりを戴く)
2.象徴
3.浄穢の二元論を超える(密教ではあえてタブーを犯すことがある)
密教の目指すところは「苦」や「楽」を離れた「大楽」の境地なわけです。
でも、これを実践して堕落しない人のほうが稀なので、非常に危険を伴う道です。
儀式で酒が回ってくるといっても、ちょっと掌に受けてなめる程度ですよ。
同時に肉も回ってきます。
普段ベジタリアンの僧侶でも、ちょこっとだけ口にします。
> 庵主様の回答を読んだ時に「そこまでして(酉+古)飲みたいのか」と思いました。
え〜と、言葉通りに受け取らないように。
私は口だけ番長なので(笑)、言うほど飲めませんよ。
もしかして大酒豪だと思っていらしたのなら、期待を裏切ってしまって申し訳ありませんね・・・・・。
>僧侶に上戸が多いのは何故ですか。私の知る限りとは言っても2,3人ですが。
それは単なる破戒僧。
ま、弘法大師が許した(御遺告)とか理由はいくらでもあるしね。
上述したように、破ろうと思えば、いくらでも理屈はこねられるんです。
ぴちょんくんさん、KY(これは誉め言葉です)な鋭い突っ込みをありがとう。
よろしければ、大学者の書いた戒律に関する本(いっぱい出ています)を読んでみて下さい。
面白いですよ。
私もこの貴重なやりとりを、のちほど本堂の方(瑠璃光庵Q&A)に再掲したいと思っています。
このように、僧侶への厳しいご意見は望むところです。
みなさんでいろいろな疑問を解決していけたらいいですね。
遠巻きにしている方々も、どうぞ感想やご意見などお寄せ下さって、参加型の第三の寺院である瑠璃光庵を盛り上げてください。
よろしくお願いいたします。
http://ruriko.hanagumori.com
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